スピリチュアルで心理学
心理カウンセラーとして学んだ心理学にスピリチュアルな視点を加え、子育て・コミュニケーションについて提案します。
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浅川さん 講演会
先日は浅川さんという龍のおじさまの講演会へ行ってきた。2回目

2013年どんなことがおこりうるか、今世界で起こっていることの事情などを話してくださった。

こういう話を聞くととっても重くなるのだけど、私たちができることは、前にもいった世界情勢を

いろんな角度でみること、そして、なにより日本人の霊性のめざめが その助けになると思う。

前回のブログで 世間の目 について書いたが、これをとるのには、この霊性の目覚め 私たちは

どんな存在で、何をしにきてるのか、どこへ向かうのか がわかれば、自然とまわりの目を恐れなくなる。

バロメーターは常に自分であるからだ。 たとえば、人に好かれようと思えば、あるいは人を動かした

いと思うなら、その人に重要感を持たせ、ほめるのがよい というのが心理学でいわれていることなんだけど、

(というかこういうことを知ってしまうと、ほめられてもうれしくなくなるのだ。 変に勘ぐっちゃって^^;)

つまり、人に褒められたときは、自己価値があがり、人に言われないときあるいは責められたら、自己価値が下が
というのではだめなのだ。 結局まわりの目を気にしてしまう、軸が自分でなく、世間にあるのだ。

(仕事のときや、好きな人に振り向いてほしいときは 軸を世間、相手にもってかないと、いけないのはいうまでもない。ただ相手の反応に敏感であれということ いわゆる察するというやつです。自尊心や価値感のことではない)

つまり、人に褒められようがけなされようが I'M OK であれ ということです。

話はもどって。
浅川さんの講演で気づいたのだけど、男性が多い。 江原さんや他のスピリチュルの話を聞きに行くと、圧倒的に女性が多いのだ。 そう 圧倒的だ。 が 浅川さんの場合は半分近くいる。それも、わたしが頑固だとレッテルを張りがちな 中年の方(私も中年ですが)が多い。
これは 浅川さんの 地に足を付けた取材?力 。とことん調べぬき、勉強する姿勢。 や バックグラウンドにあると思う。社会的地位のあった人であるため、 インドにふらっといって修行してきましたというのと違う(それが悪いとかでなく、世間に受け入れられやすいというだけの話。) 

スピリチュアリスト(とひとくくりにしては本来いけないが)には大きく2通りあり、現実社会に根差しているひとと、女性スピに多い好きなことだけやりなさい という現実逃避タイプ。失礼。 どっちがどうでない、両方必要なのだろう。 ただ私は、最後まで前者であり続けたい。 きついけど^^; 
浅川さんももちろんこのタイプなのだが、基本のメッセージはこうだ 毎日の生活を心豊にいきる 
もう一つ、死の先の知識を得ること。 でないと、いついつまでも、未浄化れいとして、いきることになる。
そして、ますますこういった霊が多くなるのだ。アルジェリアの事件で、亡くなった数週間後でも、犯人と人質の方がまだ、残って続き?をしていたらしい。事故死などすると、そうなるそうだ。 死後の知識がないと余計に
浮遊霊になってしまう。死んだことに気付かないらしいのだ。 病死の場合も知識がある、ないでは死の迎え方が違う。 わたしも、昨年父をなくしたが、なくなる前にブルーアイランドだったかな その手の本を読んでもらった。父はそれを読んで 安心した といってくれた。 きっと成仏してくれているはずだ。亡くなった人は自分の
好きな年代の姿にもどる。(物理的なものではないが)わたしも、父が亡くなった数週間後に、夢をみて一緒に旅行をした。 小さいとき家族で、毎年旅行をした。 わたしは30代に戻っていた父と腕組みをして歩いたのだ。

最近は 死 についての見方が変わってきているというか、 ことたまを信じる日本人、シントーでは死は忌み嫌うものというのがあってか、 死 のことをはなしするのもタブーなところがあった。 が 死んだらこうしてね。とか、遺書もふくめて、死の準備をしている とか (病気しているからでなく) そういう人が増えてきたように思う。死ぬ時期というのは、決まっているという。隕石が落ちようと事故が起きようと 生き残る人は生き残るのだ。 どちらががうんぬんではない。 おおよそ決めてきているのだ。そして前にもいった大病はメッセージでもあるから、 世界情勢がどんなになろうとも、いたずらに怖がることはないのだとおもう。

というと必ずこういう人がいる ”だってあなたはそんな目にあっていないから言えるんだ” 

わたしはもう議論もしない。説明もしない。 ただこう言う ”そうかもしれませんね。” 




 
[2013/02/25 18:53] | スピリチュアル | トラックバック(0) | コメント(0)
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