スピリチュアルで心理学
心理カウンセラーとして学んだ心理学にスピリチュアルな視点を加え、子育て・コミュニケーションについて提案します。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告
回りて廻る まわりてめぐる
久々の更新です。 以前のブログでかいたチューリップが見事に咲きました
写真を載せよう とおもっている 間に 散り始めてしまいました。
2月くらいからずっと 水やりとかして育てたのですが、 開花時期は 一瞬ですね。 
しかし、また、球根の植物は、来年 咲きます。 まさに、四季と一緒 まわって めぐってくるんですね。

以前も、 円  という 話を かいて、 ぐるぐると 回っている状態が よいのだ ということをいいました。
自然界においても、地球はもちろん、四季、 花々、 終わりなく回り続けます。
これが ふつうなのです。 

健康 気、エネルギー 血の巡りなどなど、 適量が ぐるぐる している 状態 が 健康。
   (わたしのやっている自力整体まさに、この状態をめざしています。)
みなさんも見たことがある 何マークっていうんですか? 円のなかに しろ とか 黒 しろとか 赤で 色分けしてある。 陰陽をあらわした図。 あれだって、 ぐるぐる 回っている状態が正常、 あえて、それを
静止させると、あのような2色 つまり、この世には 光 と 影 が ある ということですね。
どちらかだけはありえない。 しかし、ぐるぐる回ってないといけない。

わたしは日本に伝わっている仏教を大学の講座で勉強したとき、 苦しや悲しみは あって 当たり前なのだ。
という 内容を きいて、 なんて 悲観的なんだろう と その頃はおもっていました。

以前のわたしは、ブログにも書いたように、世の中はきれいなものだけであってほしい という 思いがとても
強かったので、 なかなか そのような 考えを受け入れられませんでした。 

しかし、今は、 絶対にあることであると 知っていれば、 そういう 悲劇がおこっても やみくもに嘆かず ただ、たんたんと 前にすすめばよい という ことなのかな と 思う。

病気にしても、 やみくもに おびえず、 ただ、 人間は生きていれば、 疲れ、や 環境汚染で、毒がたまるので、 たまに、 風邪ひいて、熱だして、 浄化すれば よい。 風邪すらひくもんか と がんばってると
大病するんじゃないか と思う。 でも、 寿命じゃなければ回復するし、 今度は 健康に関してあたらしい見方ができるから、新しい生き方ができる。(人は病気で死ぬのではない、 寿命で死ぬのだ これは スピリチュアリストの言葉でなく、ある医者の言葉です。 同じ病気でも治る人治らない人、 短命なひと長生きな人 いろいろなケースをみていると、これをやるから長生きするという 普遍の真理は 結局 ない ということでは ないだろうか)

ところで、 俗のキリスト教(イエスの教えとかけはなれた)においては、 時間は一直線です。 終末論があるゆえんです。 しかし、私たち日本人は、 自然と同じ、時間はめぐる ということも なんとなく、理解できるのではないでしょうか? これは同じところを 回るという意味でなく。

たとえば、 アニメなんかも 日本のアニメにかんしておもしろい洞察があります。 日本のアニメは、
北斗の拳、や エバンゲリオン みたいに、 核戦争などで、なにもなくなった 世界から スタートします。
復活です。 それはまるで、一度文明がほろんでも、また人類がやりなおした というのに似ています。
アメリカの映画では、 アルマゲドンやインディペンデントディみたいに、 終わり を防ぐ というほうに焦点があるのです。 そりやそうですよね。 終わったら、 もう 始まらないのだから。。。

魂もそういうものだと思うんです。 解脱して おわり ということはない。 魂の永遠の旅 、成長 だとおもいます。 悟ったから合格証書もらって終了 というのは、ない。 ちなみに英語学習にも終わりはない。
つねに、向上しようと望むなら、終わりは ない という ことですね。
解脱といわれているものも、悟りにつく というのも ひとつのくぎり にすぎない のだと思います。

直線的にしかものごとを考えられないと、 必ずゴールが あるものだと 思いがちですが、そうではない。というのが 最近の私の見解です。 またこれも、変化するでしょう。 


  
[2013/04/19 08:08] | スピリチュアル | トラックバック(0) | コメント(0)
人生のエンドロール
わたしが昔から好きなもののひとつに 映画の エンドロール がある。
主人公たちが たくさんの喜怒哀楽 を 経験しながら、すべての アドベンチャーなり、戦いなりが終わる。
スクリーンの左側には、映画の最初のシーンから思い出深いシーンをもう一度みせてくれるタイプのものなら
なおさら、そして感動的なミュージックが流れようものなら、 涙がでてしまう。

(昨日息子たちとみたドラえもんでさえ、 ぐっと 来てしまうのだ^^;)

映画を見ているときは、そのストーリーに入っているので、主人公と一緒に喜怒哀楽 いろんな感情が生まれる。あまりに入り込むと悪役を憎んだりもするだろう。 しかし ストーリーが終わり、エンドロールが流れるときには、主人公、友人、ちょいやくでも、助言をくれたひと 友情出演の人、 そして悪役 エキストラ また、裏方といわれる、そしてその舞台をつくった人たち、すべての人、 関係者 を知るのだ (エキストラの一人ひとりの名前はでませんけど)そして、この人たち全体が主人こうのストーリを仕上げるのに 悪役ももちろんふくめて一丸となって活躍したんだなあ。 って 当たり前のことを思う。 わたしはだから、メイキングをみるのが 大好きだ。

なにが言いたいか。 

スピリチュアリストならご存じのように、わたしたちが この肉体三次元の今世 における ストーリーを 終えたとき、死 を迎え、 スピリチュアルワールドに帰っていくわけだけど、 その際 まさにこの エンドロールをみるかのように、自分たちのストーリをもう一ど守護霊と一緒に振り返る。
その当時は知りえなかった出来事、他人の感情、を目の当たりにする。

映画いうなら、 作者に描かれていた2次元のドラえもんは、3次元に飛び出し、自分の行動をみる ということだ。  私たちの人生ストーリと違うことの大きな一つ は 前にもかいた、ストリー展開には 主人公自身(わたしたち、 映画でいうならドラえもん)も 携わっているということ。 そして、その内容は、生まれてくるときに記憶を消されるということだ。 でなければ(ストーリの台本を手にしていたら、)喜怒哀楽を味わうことはできない。  

こういう人生ストーリにするには、 ここで、この人と出会って、、、 みたいな計画を立ててからくる。
もちろん、現世では 偶然にであった。 という 感動を覚えるのだが。

私は、普通ではありえない会い方をしている人たちと つまり  偶然では考えられない という 会い方をしてる人が 数人いるので、はっきりと断言できる。

()

マヤの一部の部族の人たちは、こういうそうです。 私たちはすべてを知っている。 ただ 思い出すだけだ。 と。  わたしは 自分がすべてを知っているなど到底思えないけれど、 思い出す という 感覚は なんとなくわかるような気がする。

(ただし、 これはすべての人に当てはまるわけではないことも 付け加えておきます)

またまた お詫び

書きたいことを書きたい時に書いているので、予告しておいて、書かないことも多く、すみません。
[2013/04/06 11:03] | スピリチュアル | トラックバック(0) | コメント(0)
聖フランチェスコの再来
江原さんによると、 キリスト教カソリック 新教皇、 フランチェスコ1世は あの聖フランチェスコの再来だという。 これを機にもとのイエスの教えにしたがったものになってほしいです。
ところで、わたしは、てっきり 聖マラキの予言どおり、ペトロ2世になって キリスト教に終わりがくる。 のか
と思っていた。  トムハンクスの映画(題名がでてこん^^;) は イエスは神でなく人間。しかも娼婦との子供がいる とか カソリックの冒涜 ひどかったですよね。
闇勢力は宗教をつぶすことも狙っている。
とはいえ、カソリックがやってきたことはひどかった ことも多く、起こるべくして起こった というのもうなずけます。
(そもそも、宗教と宗教団体は違くて、それこそフランチェスコのように末端で、働く人たちは、純粋なんだけど、組織というのは、大きくなると利害、権力をもとめるのは、世の常。先日も、お寺 で億の損害をだしたところありましたね。もちろんフリーメーソンだって、末端は友愛団体である。ライオンズとかね。
ところで、秘密結社といわれる団体は 闇勢力の 隠れ蓑である。と思う。闇勢力という一つの団体があるわけでなない。 今は巨大企業コングロメター。(グローバリストと呼ぶ人もいる。) そして彼らはやはり 儀式とかして次元の違う存在と契約を結び、力をもらってる のだと思う。社員全員ではないのは言うまでもない。

(人間と霊界(低い階層の)の存在が結びついて、いることは シュタイナーの本に詳しくでているので、また機会があったら書きたいと思います。 この本は、おもしろいけど、本当に難しい 脳みそを誰かに借りたい^^;)

ところで、 イエス様の汚名?をはらすために 知らない方に書くと、
イエスは霊力を備えた、というか霊力を最大限に地上に知らしめた人間である。
イエスの教えは、あの映画どおり、宗教会議で、都合が悪いことは 伏せられていること。(これは仏教も同じ。)妻もいた というのも事実。 娼婦とされてしまったマグダラのマリアさん。(マリア様とは違います 念のため)

ところで、話は現代に戻り。。。

過去には、教会の力(カソリック)が大きくなり 国王より力を持った時代がありましたね。
現在おこっているのは、 教会でなく、企業 なのです。 世界を股にかけた企業 巨大コングロメター 。 まさに、”今だけ、金だけ、自分だけ” 教です。 個人主義の 闇 の部分です。
(そして、わたしたちも、そうした闇をもつ人間です。)
TPP が注目を集めていますが、 これらの旗振り役は 製薬会社、 と 遺伝子組み換え種を世界にばらまこうとしているグループである。(←適当な言葉がみつからない とほほ)
国益 とか いってるけど、世界は国単位では動いていないのだ。 
その証拠に、TPP に参加した国は、行政など TPPの取り決めにに合わすべし との内部文書?が リークされた。
これらの取り決めに、アメリカのホワイトハウス側の人間は参加してない。 行政(国)、を無視して、企業が動いているのだ。だからオバマさんを責めないでね。オバマさんの力では どうしようもないのだ。 
(アイゼンハワーも、 この国は軍に支配されている。 中国もそうです。 政治か というのは 所詮あやつり人形なんでしょうか。)

しかし、こんな 闇 世界 でも 光をみつけ、光の中に存在することはできます。

さくわたしが、ブログで暗ーいことを書くのは、よく言われる、ドロ水のなかに咲く美しいはす でありたいからです。
自分たちが生きている肉体3次元 の世の からくり、 世界でなにが おこっているのかを知らずして、この世サイコ! OR この世はサイテー! と生きたくないからです。 

というかわたしの今世の課題 だと思うからです。 ”世の中はきれいなものだけではない” としること。
汚い世界であっても、それすら神の一部であり、喜びを求める心を失わないことです。
それはわたし自身の中の醜い汚い心を認めることでもあります。 まさに カラマーゾフの兄弟 三男 です。
(もっとも、そうやって、きれいとかきたないとか2分することが問題だ という見方もありますが、
自分がどう生きたいか という 軸が ある以上 それに反するもの、一致するもの と とらえれば 自然に
善悪が でてくる。 ただし、それらは、わたしにとっての という限定にはなるだろうが。 

最近のわたしは、 何をすべきか ということばかりに注目していました。 その答えがいまいちでずに、もやもやしていましたが、 先日 ドラマカラマーゾフの兄弟をみていて、 ”どうあるべきか を 考えるようになりました。” という3男のセリフが スコーン とはいってきました。 それは 「神との対話」で 私が、気になっていたけど、意味がわからかった部分でした。ようやく答えがみえてきた感じです。 

いま、アセンションの流れなのか、こういう事態に たくさんの人が気づき始めています。
まさに、井の中の蛙が大海にでたり、 ソフィーの世界でいうと、 ウサギの毛の奥の方にいた人が、世界をみようと、 毛のさきっちょまで、でてきた という 感じでしょうか?

次は製薬会社・医者 がついた嘘 について。 自分の命について考えるきっかけになればいいと思います。
それは、結果的に医療費を下げ、物理的にも 恩恵があるとおもいます。 

TPPにより、薬の値段があがることが予想されます、しかし、これはいいことでもあります。
みんなが薬なしで、いけないかな と考えるようになるからです。
これも新しい世界へ膿だしの一つかもしれません。

注意: 上記の内容は、現時点の、私のちっさい頭の理解にすぎません。
    判断は自己責任でお願いします。 

しばらく 更新をお休みします。 バケーションにでかけます
少なくとも3回分は書きましたね^^;
[2013/03/19 10:42] | スピリチュアル | トラックバック(0) | コメント(0)
浅川さん 講演会
先日は浅川さんという龍のおじさまの講演会へ行ってきた。2回目

2013年どんなことがおこりうるか、今世界で起こっていることの事情などを話してくださった。

こういう話を聞くととっても重くなるのだけど、私たちができることは、前にもいった世界情勢を

いろんな角度でみること、そして、なにより日本人の霊性のめざめが その助けになると思う。

前回のブログで 世間の目 について書いたが、これをとるのには、この霊性の目覚め 私たちは

どんな存在で、何をしにきてるのか、どこへ向かうのか がわかれば、自然とまわりの目を恐れなくなる。

バロメーターは常に自分であるからだ。 たとえば、人に好かれようと思えば、あるいは人を動かした

いと思うなら、その人に重要感を持たせ、ほめるのがよい というのが心理学でいわれていることなんだけど、

(というかこういうことを知ってしまうと、ほめられてもうれしくなくなるのだ。 変に勘ぐっちゃって^^;)

つまり、人に褒められたときは、自己価値があがり、人に言われないときあるいは責められたら、自己価値が下が
というのではだめなのだ。 結局まわりの目を気にしてしまう、軸が自分でなく、世間にあるのだ。

(仕事のときや、好きな人に振り向いてほしいときは 軸を世間、相手にもってかないと、いけないのはいうまでもない。ただ相手の反応に敏感であれということ いわゆる察するというやつです。自尊心や価値感のことではない)

つまり、人に褒められようがけなされようが I'M OK であれ ということです。

話はもどって。
浅川さんの講演で気づいたのだけど、男性が多い。 江原さんや他のスピリチュルの話を聞きに行くと、圧倒的に女性が多いのだ。 そう 圧倒的だ。 が 浅川さんの場合は半分近くいる。それも、わたしが頑固だとレッテルを張りがちな 中年の方(私も中年ですが)が多い。
これは 浅川さんの 地に足を付けた取材?力 。とことん調べぬき、勉強する姿勢。 や バックグラウンドにあると思う。社会的地位のあった人であるため、 インドにふらっといって修行してきましたというのと違う(それが悪いとかでなく、世間に受け入れられやすいというだけの話。) 

スピリチュアリスト(とひとくくりにしては本来いけないが)には大きく2通りあり、現実社会に根差しているひとと、女性スピに多い好きなことだけやりなさい という現実逃避タイプ。失礼。 どっちがどうでない、両方必要なのだろう。 ただ私は、最後まで前者であり続けたい。 きついけど^^; 
浅川さんももちろんこのタイプなのだが、基本のメッセージはこうだ 毎日の生活を心豊にいきる 
もう一つ、死の先の知識を得ること。 でないと、いついつまでも、未浄化れいとして、いきることになる。
そして、ますますこういった霊が多くなるのだ。アルジェリアの事件で、亡くなった数週間後でも、犯人と人質の方がまだ、残って続き?をしていたらしい。事故死などすると、そうなるそうだ。 死後の知識がないと余計に
浮遊霊になってしまう。死んだことに気付かないらしいのだ。 病死の場合も知識がある、ないでは死の迎え方が違う。 わたしも、昨年父をなくしたが、なくなる前にブルーアイランドだったかな その手の本を読んでもらった。父はそれを読んで 安心した といってくれた。 きっと成仏してくれているはずだ。亡くなった人は自分の
好きな年代の姿にもどる。(物理的なものではないが)わたしも、父が亡くなった数週間後に、夢をみて一緒に旅行をした。 小さいとき家族で、毎年旅行をした。 わたしは30代に戻っていた父と腕組みをして歩いたのだ。

最近は 死 についての見方が変わってきているというか、 ことたまを信じる日本人、シントーでは死は忌み嫌うものというのがあってか、 死 のことをはなしするのもタブーなところがあった。 が 死んだらこうしてね。とか、遺書もふくめて、死の準備をしている とか (病気しているからでなく) そういう人が増えてきたように思う。死ぬ時期というのは、決まっているという。隕石が落ちようと事故が起きようと 生き残る人は生き残るのだ。 どちらががうんぬんではない。 おおよそ決めてきているのだ。そして前にもいった大病はメッセージでもあるから、 世界情勢がどんなになろうとも、いたずらに怖がることはないのだとおもう。

というと必ずこういう人がいる ”だってあなたはそんな目にあっていないから言えるんだ” 

わたしはもう議論もしない。説明もしない。 ただこう言う ”そうかもしれませんね。” 




 
[2013/02/25 18:53] | スピリチュアル | トラックバック(0) | コメント(0)
ヒプノ体験② 過去との決別
なんか かっこE題名をつけてしまいました。

ヒプノを受けてみました。 

映像がおぼろげに浮かびました。期待していたほど鮮明ではありませんでしたし、もしかして
わたしの頭で作っているのかとも思いました。

がそんなことはどちらでもいいのです。というか どっちでもよくなりました。

わたしがわかったことは、過去とてもつらいさみしい思いをしていたということ。

そして、それを今世にまでもちこんでいたこと。 わたしは、犠牲者、被害者の仮面をかぶっていたということでした。

ヒプノは実はとってもえらかったんです。 なぜかはまだわかりませんが、そのあと体調がすごぶる悪くなりました。
おそらく、これでもかというくらい泣いたからだと思います。頭がガンガンして、、、

次の日まで、寝込んでしまいました。

家族にも迷惑をかけ仕事もいまいちで(ごめんなさい)

そのとき、おもったんです。

「お前はいつまで犠牲者づらしてるんだ!過去はどうかはわからないが、今のお前には、自由がある、自分の
人生を選択できる自由があるんだぞ。」自分に言いました。 (こういう時は私の中の男がでるようです)
その寝込んだ日こそが まさに 過去にとらわれて、今を生きていない 時間でした。

そうか これこそが、 お釈迦様のいう、 今、 ここ に生きることの大切さなんだ。

過去の事実は変えられない、でも過去の解釈は変えられる これはいままでも 言っていたことですが、
今回もうひとつ学んだことは、過去を(この場合は過去世ですが)自分で、ばっさり切ることができるのだ。

わたしは、以前ある霊能者の方に、前世から引きづっている 思い(この場合うらみとか悲しみとかネガティブなもの)を全部 切ってしまえ といっていたのをきいて、 そんな~ とおセンチになんてしまったのですが、
その意味が ようやくわかりました(1年後。かかりすぎ?)確かに、前世でであった懐かしい方たちに会うこともあり、うれしいのですが、いい思い出だけでいいし、その方たちと前世でどういう関係だった、OR因縁だったであれ、今世では新たな関係をゼロから作ればいいのだと。

とにかく、このことに気づいてから、今までの人間関係ががらりとかわりました。
同じことをいわれても、気にならない、 さらっと返せるようになったんです。
不思議だし、なにより、自分がとってもラクです。

ヒプノを受けた後どんな自分になりたいかを尋ねられ、その人の前で、素直になりたい といいました。
そのとおりになりました。

確かに、期待されている でも 期待に応えるかどうかを 決めるのは 自分なんだと。

期待されずに育った方には、なんのこっちゃ といわれるかもしれませんね。
少子化の現代は、子供にのっしのっしと期待や心配が乗っかっているんでしょうか。
親となった今、気を付けていきたいです。
[2013/01/24 19:25] | スピリチュアル | トラックバック(0) | コメント(0)
<<前のページ | ホーム | 次のページ>>
プロフィール

mikecottoncandy

Author:mikecottoncandy
心理カウンセラー スピリチュアルな視点からセルフカウンセリングの提案
英会話講師 

好きな植物 竹、ローズマリー、シュガーバイン 

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。